十干十二支の起源はいつなのか?
中国随の時代、蕭吉(しょう きつ)によって編纂された五行大義」によれば、中国古代の伝説の王である黄帝(最初に中国を統治した皇帝といわれる)のときに、その黄帝の師といわれた大撓(だいどう)によって制定されたとあります。 ※中国古代とは、夏王朝(史跡がないため未だ伝説とさている)や殷王朝(紀元前1700年頃、史跡が確認された最古の王朝)より前の紀元前2500年頃。
その五行大義では、干支の前に五行説がすでに存在し、それによって十干が作られ、これを日に付け、次に十二支を作り月に名付けたとされています。
ご存じのようにこれら干支の組み合わせ(六十干支)によって暦が作れておりますが、実際にこの六十干支が使われていた証拠のある最古の時代は、殷の時代になります。殷王朝の史跡から亀卜(卜占のための六十干支や易卦を亀の甲羅に記して使用)が出土されています。