占い師:誠象のブログ 四柱推命・占星術

占い・四柱推命・占星術・六壬神課・ホラリー占星術について気づいた事をつづっていきます。

中国の古いことわざに、1に命 2に運 3に風水 4に陰徳 5に経 ・・・と続くものがあります。

1の命とは宿命の意であり、人種、性別、親、祖先、土地、母国語、生まれた環境など自分の力では変える事のできない事柄であり、四柱推命の考え方での命は、その人の基本的な運、つまり家族運、夫婦運、金運、仕事運、健康運等の吉凶を指します。

2の運について四柱推命での考え方では、大きく分けると30年区切りの運、10年区切りの運、毎年の運、毎月毎日の運、といった具合に人それぞれの吉凶が巡ってくることを言います。運によって1の命が変わることはなく、巡ってくる運をいかに利用するかが大切ということでしょうか。

3の風水は、住む環境を整え良い気を受けて過ごすことや、擇日、方位学などもこれに当たります。巡ってくる運の吉凶は隠然と存在して凶を吉に転ずるというのは、如何とも難しいのでしょうが、凶運を抑える、吉運をさらに増すことは可能でしょう。逆もしかりで、風水が悪ければ凶命や凶運が更に増したり、せっかくの吉命吉運を無為にしたりと。

4の陰徳は見えないところで徳を積むこと、

5の経は学問知識をしっかりと身に着けること、あるいは読経など信仰心を持つということ。


1の命を知れば、自分の分というものが分かり、無い物ねだりで苦しむことはなく、2の運を知れば、悪い時期は動かず、また悪い事が起これば慌てず騒がず受け入れ、良い時期に可能性を見出せば失敗するということも少なくなるでしょう。その上で3,4,5を実践すれば充実した毎日が送れるはずです。 




「易の卦は生きている」とは、加藤大岳先生がよく言われていた言葉だそうです。


凡才の私には、この言葉の本質がなかなか理解できておりません。
生きているとは、動いて変化する? 成長する? やがて死を迎える? 生きていれば裏もある?などと自分を納得させるよう色々と考えるのですが、、、、。

加藤大岳先生の高弟である林成光先生は、この言葉を繰り返して言うと嬉しくなったそうです。「卦は生きている・・・卦は生きている・・・」これだけで問題解決なのではと思われたそうですが。

私なりに林先生の解釈を熟考すると、ああ、そうか!生きているとは魂を持ち意志を持つ、卦の言いたいことはちゃんと出ている、ということなのでしょうか。

難しい卦とは読卦力が足りないから難しいと感じるとよく言われるのですが、いきもの相手では難しいわけです。


・・・などど自分を納得させず読卦力を上げるよう精進しております(汗)。

子平(四柱推命学)を推命する時のポイントは、
調候と陰陽五行の旺衰強弱といったバランスを考えるのは当然ですが、その中でも土の五行は重要視すべき個所です。

五行調候の中心は土であるので、この土の五行が命式にどのような影響を与えるかをしっかり押さえる必要があります。

窮通宝鑑では未月においては、大暑前後で考え方が異なる理由に、1年を大きくわければ水と火、その中心が未月という事です。つまり五行では春夏を火とし秋冬を水とする考え方は当然あると思います(どの書籍にもこのような事は書かれておりませんが)。易では天地ありて水火ありです。

土の五行に問題あれば、何かしら因縁の強い問題が発生します。
その命式によって土行が祖先を指せば、祖先や相続。兄弟であれば兄弟骨肉の争い。学業であれば引きこもりや登校拒否などです。

常連のお客様からの依頼で、二週間ほど前のことです。

二日後に家族で1泊2日のキャンプに行くのだが、台風が接近しており、このまま決行してもいいかどうか占ってほしい。


今回の台風異常に速度が遅くて、進行方向も読めない。3か月も前から予約して子供達も楽しみにしているので、できたらキャンセルしたくない。

易で「キャンプを楽しむことができ、無事戻って来れるか?」を筮して、「地雷復の初爻」(三変筮にて)です。

無事戻れるか?で地雷復の卦は得るとは、誠に妙というか的を得たといか、思わず笑みがこぼれてしまったのですが。

戻るという基準卦(地雷復)を得て、その成卦主である初爻であれば、まさに無事戻る卦。内卦の我が進むとし、その先には外卦坤の何も障害の無い卦とも見られます。細かくみると、成卦主の一陽を指しているので、雨が降るかといえば、坤の晴の中に一陽の飛び込み成果と裏卦天風姤で、突然の雨に遇う、ただ、初爻のため初日早々ぐらいで、すぐに晴れ上がり翌日まで何の障害もなく過ごせる(初爻から上爻まで時間の経過とみます)と見られます。

そう伝えたところ、安心して行ってきますとのこと。

結果は、当人からしばらくたってからの連絡で、こちらも忘れていてのですが、当日朝にキャンプ場へ到着してから、結構なにわか雨に遭い、午後には晴天へ快復後、帰宅するまで晴天に恵まれたそうです。

占い師としては、面目保てました。

四柱推命の歴史を考えると、一人の天才によっていきなり発明されたものでもなく、古代中国において十干十二支が定められ、陰陽論、相剋論、五行論等が論じられるようになり、それぞれが独自に発展しながら融合し、やがて唐の時代に子平さんという方(徐居易、字が子平)が現代の四柱推命のもととなる子平学を定めたと言われ、その数百年後、明、清の時代になって滴天随、窮通宝鑑といった書物がまとめられて現在の形になってきました(諸説ありますが)。もちろん歴史の表舞台には出てこいない天才偉人達が数多く関わっていることは間違いないと思います。
日本では阿部泰山氏がこれらを訳しまとめた阿部泰山全集を発刊しており、現在日本での四柱推命はこの阿部泰山流が主流となっています。
誠山会ではこの阿部泰山全集基本にしているため、十干と調候の関係である滴天随、窮通宝鑑といった内容についてもカリキュラムに組み込み教えているわけですが、これらは実践鑑定にどうしてもそぐわないところがあり、教える側としては少なからず葛藤が生じてきます。
陽史明氏著作の「窮通宝鑑」でも、そういった実践の推命と合っていないという指摘が度々(毎回?)でてきますが、例えば、庚丁、甲庚、壬辛といった特定用神としての理論で、これら窮通宝鑑の内容と実践とは相いれない部分のところが多々あります。 しかしながら、これらが間違った内容が記述されているというわけでなく、調候と干関係の基本としては正しいのであり、何を取り何を捨てるかは、その理論をしっかりと理解した上での推命が重要となります。それらを飛ばしていきなり素晴らしい活断ができるものではありません。
易経にも順を履むことの大切さが説かれている通り、急がば回れですね。


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